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ヨーガ

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人生も中盤となったところで、社命にて、2003年夏より仙台へ単身赴任という事に!そして2007年6月単身解消と思うまもなく、2008年5月に再び単身で大阪転勤決定。
思いもかけぬ人生後半、定年までの旅から旅への三度笠、家族もあきれて、ちょっこらごめんなすって! で大阪へ!

仙台単身住&食日記

仙台・東京そして遂に大阪へ、日記は三都物語へ?
November 12

遂にこの日が!

昨日、出張の宿のTVでジュビロ、中山選手の戦力外をニュースで知る。
遂にこの日がきてしまいました。
ヨーガにとって中山、名波、藤田は特別の選手であります。

   秋深し 記憶を飛び出せ ゴンゴール   

ジュビロの中山選手とは惜別であります。
ヨーガも戦力外まで2年弱、
次のチームでの中山、そしてJ2ロアッソ熊本の藤田とともに!!!
そして飛び出す中山に幸あれ!!



  
November 01

もう11月だっ!!

さてそろそろ秋も深まってまいりましたが、いかがお過ごしですか。

こちら昨日の土曜日は、大阪から山口県への日帰り出張でした。
新大阪から徳山までは新幹線に乗り、そこで在来線の岩徳戦に乗り換えました。乗車したことのない鉄道路線を体験できるのも、遠い地への転勤がもたらす一つの福音であります。

運転手一人のみ乗車のワンマン電車で一両編成のローカル線であります。
それで ワンワン電車 と命名して、子犬みたいにきゃんきゃん鳴きながら乗車してみました。( ちょっとうそが入っています。)
さらに単線の線路だったから、正確にはもう一吠え、ワンワンワン電車だと思われます。
 

この車両に乗り、目的の周防高森駅には、ことこと約45分の所要時間であります。車窓からは、稲刈りの終わった田んぼ、その傍らで、焚き火をしている二人の農夫の様子、まだ紅葉していない里山、時間がゆっくりと流れていきます。
この時間感覚は前回はいつ頃だっけと考えているうちに、思い出の世界へ、、、、、

このブログで小説の第2回目を掲載しましたが
昔の事を思い出す必要があり、度々、旅々の記憶を辿っています。

今よりも経済的には貧しい時代でしたが
自分たちと一緒に時代もがらがらと変わっていくという
ある種の連帯感や疾走していく爽快感、そして喪失感もある日々でした。
そこで生きてきた人々を再現できればいいけどねぇー

今年は忌野清志郎、大原麗子、加藤和彦の各氏が逝ってしまいました。
早く書かねばと思いつつ、それは多分、駄文、ヘブンということだけど、3回目を待っててね。


追伸: 昨日は天気もよく鉄度と思い出の濃いい日でしたが、今日の大阪は雨降りらしい。
October 17

小説第2弾

ようやく、恥の上塗り小説の不定期掲載の第2弾です。昨年の4月29日号の続きです。とても遅くなり、すいませぬ。事実とフィクションが混ざっていますがかなり事実に近いです。カテゴリーに小説という項目を設けましたので、以後、こちらからもアクセスできると思います。


夜半、微熱の頃を過ぎても  連載第2回


 ◆2章 バリケード封鎖への誘い

1969年とは、アメリカのウッド・ストックで40万人を集めた伝説のロック・フェスティバルが開催され、ロック音楽史上最も輝かしい年の一つであるとともに、日本では1960年に続き、10年毎に日本とアメリカの軍事同盟である日米安全保障条約が更新される1970年が近づいてとても騒然とした年であった。 

1970年からさらに10年間の条約延長しようとする日本政府とアメリカ政府の動きに対して、1969年は、左翼勢力を中心に、遂には過激派とよばれる集団が先鋭化、武装化し、条約締結を絶対に阻止するという壮絶な争いを政府に向け仕掛け続けていた。当時のアメリカは共産主義勢力からベトナムの民主主義を守るという名目のもとにベトナムに派兵し戦争を継続していた。 

世相は、70年安保条約破棄とベトナム反戦を大きなテーマとしながら、硬直した日本の政治・社会システムそのものへの造反も様々な場所で繰り広げられていた。この政治の季節、その戦いを担っていたのは、労働者よりも大半が大学生であり、大きな政治テーマを掲げながら、各大学では学費値上げ反対や大学自治についての自主管理を求めて校舎は次々と政治色の強い学生達に占拠、バリケード封鎖され、大学機能が麻痺する事態へと発展していた。そして、それは遂には都立高校にも波及することになる。 

ロック音楽と反体制の政治活動、それぞれが絶頂を迎えていた1969年に高校3年生であるということは、幸せだったか、不幸せだったか、今となっては判別するのは難しいかもしれない。そんな時代の頂で18歳のHの同級生たちは、大学受験に没頭する者、政治活動に目覚めて外部の政治集会に加わる者、未練たらしくスポーツの部活を続ける者、ひたすらロック音楽を聴いている者、悩みながらもどれにも加われず傍観している者、それぞれはバラバラに存在しながら時代が変わる節目にたどり着いていた。 

1969年、人間性を回復しようという史上最大規模のロック・フェスであるウッド・ストックの開催と日本の政治状況を変革しようという動きはまったく違うようで根っこではつながり、世界の到る所で、ロック音楽は新しい時代の音楽として熱狂的に支持され、そして政治体制に対する不満は、大きな変革の渦巻きとなって吹き荒れていた。

バスケット・ボール少年のHは、高校受験の時のように、ひたすら受験勉強をする意味、そして有名大学を目指す事の意味が薄れはじめていた。良い高校へ入学し、良い大学へ進学し、良い大企業へ就職して、安定した収入を得るという高度成長期の日本での成功物語の価値がわからなくなってきていた。当時の世界はほぼ社会主義国陣営と自由主義国陣営に分かれ、その勢力の優劣はまだ決着がついておらず、両陣営の代理戦争の場となったベトナムでは毎日、ベトナム民間人、ベトナム人民兵(通称ベトコン)そしてアメリカ兵がたくさん死んでいった。アメリカには、ロック音楽と民主主義・資本主義・自由主義そして帝国主義が同居し、H達にとってアメリカは憧れといやな部分が同居する存在だった。

灰色の三階建ての校舎には同じく灰色の屋上があった。校舎の屋上はところどころひび割れして痛んでいるところがあったが、早朝サッカーを終えたDHを誘い、人気のない校舎の屋上へ行き、そのコンクリートの床に座った。屋上には風はほとんどなく、弱い冬の日射しが二人を照らしていた。

  Dは辺りを見回して、誰も居ないことを確かめるとボソッとつぶやいた。
「来週の月曜日、遂に決行することになった。Hはどうする。」

  Hはまだ決めかねていたが、多分、参加することになるだろうと思っていた。この計画の中核メンバーが主張する、生徒会・文化祭の自主運営、服装の自由化要求、高校生の政治活動禁止反対などについては共感するものの、どうでも良かった。激動している世界、そして日本を尻目に、硬直した現状をそのまま肯定して、何事も無いように大学受験を強要する高校教育、教師にうんざりしていた。そうだ、今は立ち止まる時だという思いが心を占めた。立ち上がるのではなく、立ち止まるのだと。一度、硬直した日本の受験高校としてのK高校のあり方を止めてみたかった。

 「参加するよ」
Hは立ち上がり、ズボンのお尻あたりの埃を払いながら歩いて屋上の端へ進んだ。屋上から風のグラウンドと呼ばれる校庭を見下ろしてみた。登校する生徒達が校門から続々と入ってきていた。来週の月曜日はどうなる。ここが、この高校が封鎖され、みんな立ち止まることになると思った。沢山の人を巻き込むことになると思った。

October 11

大阪、ご近所紹介

やっと、涼しくなってきた大阪です。
 
先週は、火曜日~金曜日の3泊4日の中国地区出張でした。
 
三原~福山~倉敷~広島~浜田( 島根県)~広島~三原~岡山~大阪戻り
 
さすがに、3泊するとベッドや枕が合わないホテルもあり、
食べる時間や内容にも偏りがあり、今回は体調不良を感じつつの帰還でありました。
ここに来て出張が多いですが、海外で単身同期も居り、危険な地域にも行商とのことですので、
日本国で立ち飲みできるだけでも幸せということにしませう。
 
( ※えっー、どこで? 広島の駅近くだよ!久しぶりに行くと、店はそのままだけど、3人のスタッフが全員代わっているというのはいかがものでしょうかねと、色々と考えつつ、ハイボール、焼酎、しゃけの昆布〆、串揚げ2本を平らげて1300円ほど。広島市には立ち飲み珍しいというか、2-3軒しか無さそうです。ここは、福本屋、工事用のパイプでテーブルの足を組み立ててあるなど、ちょっと参考になります。広島駅を背にして、右方向に行って、信号を渡り、高架下にある立ち飲みです。ょ)
 
久々に大阪に戻り、昨日は事務処理して、今度は大阪の立ち飲み屋さんへ
 
(※えっー、どこへ? 天満駅の立ち飲み激戦区にある、大安 へは初出撃とあいなりました。この店は海産物が特徴とのブログ知識で訪問しましたが、立ち飲みでありながら、刺身類などが充実しております。たらの白子だけでもは、天ぷら、醤油焼き、湯引き とメニューにあり、まるで割烹居酒屋であります。しかも、店員は料理1名、接客1名での対応です。手間の掛かる料理も多く、混んできたら大変そうだなと思いましたが、料理の数々は素晴らしいです。頼んでのは、刺身三種盛りで600円、ふぐとマグロとはまち、しかもふぐはポン酢とモミジオロシ、それに本当の紅葉の葉が1枚という具合です。そして、明太スパゲッティサラダ 280円、これもマヨネーズと明太が絶妙で好みでした。焼酎は松露のロックをいただき、満足の1600円で 投了!! )
 
また立ち飲み記事ばっかりで、近所にある、大塩平八郎の菩提寺について書くつもりが、、、、。
 
 
ここ、ここです。徒歩10分のところにある、成正寺であります。天保の飢饉のころ、腐りきった藩政と豪商の癒着に敢然と立ち向かった元幕臣の大塩平八郎であります。( ふっー、歴史教科書には、大塩平八郎の乱としてあったのは記憶していましたが、細部をちょい調べてみました。)
 
その寺に貼ってある今月の標語、
 
  愚人に ほめられたるは 第一のはぢなり
 
手振れで恐縮ですが、なかなか味わいのある標語であります。
最近、ほめられた事はないので、まだ、大丈夫かもしれのせぬ。
それにしても、立ち飲みの記事ばかりで、第二のはぢじゃない? えっ、なにか!?
 
 
 
 
 
 
 
 
October 04

さて、10月です。

10月になりましたが、皆様、お元気でしょうか?
まだまだ蒸し暑い大阪ですが、少しずつ、少しずつ秋の気配です。

やっと迎えた週末ですが、ホントにまぁー、仕事は続くよ~どこまでも~♪
と仕事に興奮しているのか、鼻血もじんわりの鼻歌です。

※アメリカ民謡、【線路は続くよどこまでも】のメロディーでぐるぐる、ご一緒に! @@:
      仕事は続くよ~どこまでも~♪
 
一昨日の金曜日は、小雨降る夜でしたが
仕事の興奮を冷ますべく
事務所のある心斎橋から、赴任宅のある南森町まで徒歩でとぼとぼてくてく北上開始
心斎橋から本町を過ぎる辺りで、徒歩約15分、全体の3分の1くらいとなります。
大阪はまだ蒸し暑いので、汗はかくし、喉も渇く、ということになります。

あっ、こんなところに立ち飲みがぁー、という事で
雑居ビルの1階にある とき に突入!
 
立ち呑みの店 とき             大阪市中央区安土町3-2-8本町ABCビル1F
 
実はこの辺りを含めて、日曜日はぐるぐる自転車で徘徊しているのですが、1階とはいえ
ビルの入り口から通路に入ったところにある店なので、まったく分からなかった立ち飲みでした。
 
この立ち飲みは、値段設定はちょっと高めですが、素晴らしい肴の数々であります。
ヨーガ史上、最高級の立ち飲みは、トーキョーの勝鬨橋にある かねます でしたが、
 ※なんと1000円台の肴がメニューにごろごろありました。
ここの立ち飲み とき は、お値段そこそこで、いい意味での割烹料理人の気合の入った
肴の数々があり、感嘆符のむーん 状態となりました。
 
まずは、やりいか 580円でしたが、小ぶりな生のやりいか2ハイを鍋でボイルして、
一口大に切って、生姜醤油で戴きましたが、ちょうど良い煮えぐあいで
これは絶品の美味しさでした。
 
さらに、おでんの 豆腐と レタス を注文。( おでんのレタスは初めてです)
レタスは生のレタスを、別鍋におでんの汁をいれて一緒に数分煮て、
おでん鍋に入っている よく味のしみこんだ豆腐 と合わせて一皿にしてくれます。
( 確か、レタス160円、豆腐180円)
 
まだ少ししゃきしゃき感の残るレタスと、良くしみた柔らかめの豆腐を交互に食べると
お口の中がわっしょい、わっしょいと歓喜に踊り
何杯でもお酒が飲める という気にさせますが、中年はぐっとこらえて
生ビールと島美人( 芋焼酎) のロックで 投了 !
締めて 1700円程 は 幸せの一言。
 
大阪、立ち飲み、参りました。
さらに奥行きの深さを感じさせる大阪、ますます開拓してご報告せねばと
定年も忍び寄る中年は意を新たにするのでした!! 
 
追伸: この後、スタンド・ポピーにも出撃して、立ち飲みで初めて はしご となりました。@@;
 
  この不況 はしご立ち飲み 秋の風    むーんヨーガ
 
 
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